世界から学ぶ #021:夕暮れ症候群 ― Sundowning
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夕方になると、別人になる ― 「夕暮れ症候群/日暮れ症候群」という現象
夕方の、あの時間が、こわい。
そう感じている介護者は、少なくありません。
昼間は、あんなに穏やかだったのに。
陽が傾きはじめる頃になると、決まって、そわそわし出す。
「家に帰る」と言って、玄関に向かう。
理由もなく、怒り出す。
落ち着きなく、家のなかを歩きまわる。そして、夜が更けるほど、それはひどくなっていく。
介護をしていて、いちばん消耗するのが、この夕方から夜にかけての時間帯だ——
そう感じているなら、それには、はっきりとした名前があります。「Sundowning(日没症候群)」
日本語では、「日暮れ症候群」「夕暮れ症候群」とも呼ばれます。これは、あなたの介護のやり方が悪いから起きるのでも、
その人の性格が変わってしまったから起きるのでもありません。まず、そのことを知ってください。
「なぜ、夕方だけ」なのか
日没症候群でいちばん不思議なのは、時間になると、まるでスイッチが入ったように始まることです。
午前中は、おだやか。
お昼過ぎも、まだ大丈夫。
けれど、午後3時、4時——陽が傾きはじめる頃から、少しずつ、様子が変わっていく。この「時間の規則正しさ」こそが、日没症候群の最大の特徴です。
海外の医療機関(アメリカのメイヨー・クリニックなど)は、これを一つの「病気」ではなく、特定の時間帯に決まって現れる、症状のまとまりだと説明しています。
では、なぜ夕方なのでしょうか。
原因は、まだ完全には解明されていません。
けれど、有力とされている説が、いくつかあります。体内時計(概日リズム)の乱れ
私たちの脳のなかには、「体内時計」があります。
朝が来れば目を覚まし、夜が来れば眠くなる——この一日のリズムを刻んでいる、小さな司令塔です。専門的には「視交叉上核(しこうさじょうかく)」と呼ばれる場所が、その役割を担っています。
ところが、認知症になると、この体内時計をつかさどる部分が、少しずつ壊れていきます。
すると、「今が昼なのか、夜なのか」という、体の感覚そのものが、あいまいになってしまう。夕方という、昼と夜の境目。
その「切り替わり」の時間に、壊れかけた体内時計が、うまく対応できずに混乱する——
これが、日没症候群の有力なメカニズムだと考えられています。「一日の疲れ」が限界に達する
もう一つ、見落とされがちな要因があります。
それは、単純な「疲れ」です。認知症の人にとって、一日を過ごすことは、私たちが想像する以上に、体力と気力を使う作業です。
「ここはどこか」「今、何をする時間か」を、常に考え続けなければならない。その緊張が、一日の終わりに向けて、少しずつ積み重なっていく。
そして夕方、心と体のエネルギーが尽きたとき、それが混乱や不穏という形で、あふれ出してしまうのです。
夕方の「引き金」を、減らしていく
日没症候群には、完全な「治療法」はありません。
けれど、症状を引き起こす**「引き金」を減らしていくこと**は、できます。海外の研究や医療機関が指摘している、代表的な引き金と、その対策を挙げていきます。
すべてを完璧にやる必要はありません。一つ試してみて、合いそうなものを続けてみてください。引き金1|光が減り、影が増える
夕方、部屋が暗くなってくると、ものが見えにくくなります。
壁にできた影を、人影と見間違えたり。
薄暗さのなかで、不安や恐怖が、ふくらんでいったり。→ 対策:暗くなる前に、明かりをつける
陽が落ちきる前に、早めに部屋の照明をつけましょう。
「暗くなってから」ではなく、「暗くなる前に」が大切です。
影ができにくいよう、部屋全体を明るく保つと、混乱が和らぐことがあります。引き金2|昼間の疲れと、昼寝のしすぎ
昼間に寝すぎると、体内時計がさらに狂い、夜眠れなくなります。
かといって、疲れすぎても、夕方の不穏につながります。→ 対策:昼は活動的に、昼寝は短めに
日中は、散歩や、日光を浴びる時間をつくりましょう。
日光は、乱れた体内時計を整えるのを助けてくれます。
昼寝をするなら、午後の早い時間に、短く。夕方近くの長い昼寝は、避けたほうが無難です。引き金3|カフェインと、夕食
コーヒーやお茶に含まれるカフェインや、夕方以降の糖分は、興奮や不眠につながります。
また、重すぎる夕食も、体に負担をかけます。→ 対策:カフェインは午前中まで。夕食は軽めに
カフェインを含むものは、できれば午前中で切り上げましょう。
夕食は、消化のよい、軽めのものにすると、夜が穏やかになりやすくなります。引き金4|「見えない不調」― これが、いちばん大切
ここが、いちばん見落とされやすく、そして、いちばん重要な点です。
その夕方の不穏は、実は「日没症候群」ではなく、体のどこかの不調が、言葉にできずに現れたものかもしれないのです。
たとえば——
- お腹が空いている、のどが渇いている
- 便秘や、トイレに行きたい不快感
- どこかが痛い
- 尿路感染症(UTI)などの、隠れた感染症
認知症が進むと、「お腹が痛い」「トイレに行きたい」と、言葉で伝えることが難しくなります。
その代わりに、それが「そわそわ」「怒り」「徘徊」という形で、現れてしまう。特に、尿路感染症は要注意です。
高齢者では、熱が出ないまま、急に混乱や不穏だけが強くなることがあり、見過ごされがちです。→ 対策:「いつもと違う」ときは、体調を疑う
「急に夕方の不穏がひどくなった」というときは、まず、体のどこかに不調がないかを疑ってください。
そして、その状態が続くようなら、我慢せず、かかりつけの医師に相談しましょう。薬の影響(飲み始めや、量が変わったとき)も、原因になることがあります。
その人は、「困らせている」のではなく、「困っている」
対策を並べてきましたが、いちばんお伝えしたいのは、技術のことではありません。
夕方、落ち着かなくなり、怒り、家を出ていこうとする。
その姿を見ていると、つい、こう思ってしまうかもしれません。
「どうして、いつもこの時間に、私を困らせるんだろう」と。でも、どうか、思い出してください。
その人は、あなたを困らせているのではありません。
その人自身が、いちばん困っているのです。体内時計が壊れ、昼と夜の区別がつかなくなり、
薄暗い部屋のなかで、ここがどこかも分からず、
言葉にできない不安のなかに、たった一人でいる。「家に帰りたい」という言葉は、
今いる家のことではなく、心から安心できた、遠い昔の場所を求めているのかもしれません。そう思うと、少しだけ、その姿の見え方が変わってこないでしょうか。
この記事で、覚えておいてほしいこと
最後に、大切なことを、三つだけ。
① 夕方の不穏には「日没症候群」という名前があり、あなたの介護のせいではありません。原因は、その人の脳のなかの、体内時計の乱れです。
② 完全にはなくせなくても、「引き金」を減らすことはできます。光、生活リズム、カフェイン、そして「隠れた体の不調」。この四つを、まず見直してみてください。
③ そして、これがいちばん大切です。夕方の不穏が、いつもと違って急にひどくなったときは、「性格の変化」だと思い込まず、体調不良のサインを疑ってください。尿路感染症や痛み、脱水が隠れていることが、とても多いのです。
夕方の時間が、こわい。
その気持ちは、よく分かります。でも、その時間に起きていることの「正体」を知れば、
少しだけ、落ち着いて向き合えるようになります。その人も、あなたも、あの夕暮れのなかで、
一緒に、困っているのです。一人で抱え込まず、どうか、周りの手を借りてください。
参考にした「世界の知恵」
- Mayo Clinic(メイヨー・クリニック)「Late-day confusion in people with dementia」
- Alzheimer's Association(アルツハイマー協会)「Sleep Issues and Sundowning」
- 日没症候群と概日リズム障害に関する複数の医学研究(Frontiers in Neuroscience ほか)
※夕方の不穏が急に強くなった場合、尿路感染症・脱水・痛み・薬の副作用など、治療できる原因が隠れていることがあります。「認知症だから仕方ない」と決めつけず、かかりつけの医師や地域包括支援センターにご相談ください。介護者自身の睡眠が削られ続けているときも、我慢せず、必ず周りに助けを求めてください。
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