コンテンツへスキップ
総患者数:5,500万人(推定)
  • 世界から学ぶ #021:夕暮れ症候群 ― Sundowning

    世界から学ぶ 世界 日没 介護
    1
    1
    0 投票
    1 投稿
    7 閲覧数
    A
    夕方になると、別人になる ― 「夕暮れ症候群/日暮れ症候群」という現象 夕方の、あの時間が、こわい。 そう感じている介護者は、少なくありません。 昼間は、あんなに穏やかだったのに。 陽が傾きはじめる頃になると、決まって、そわそわし出す。 「家に帰る」と言って、玄関に向かう。 理由もなく、怒り出す。 落ち着きなく、家のなかを歩きまわる。 そして、夜が更けるほど、それはひどくなっていく。 介護をしていて、いちばん消耗するのが、この夕方から夜にかけての時間帯だ—— そう感じているなら、それには、はっきりとした名前があります。 「Sundowning(日没症候群)」 日本語では、「日暮れ症候群」「夕暮れ症候群」とも呼ばれます。 これは、あなたの介護のやり方が悪いから起きるのでも、 その人の性格が変わってしまったから起きるのでもありません。 まず、そのことを知ってください。 「なぜ、夕方だけ」なのか 日没症候群でいちばん不思議なのは、時間になると、まるでスイッチが入ったように始まることです。 午前中は、おだやか。 お昼過ぎも、まだ大丈夫。 けれど、午後3時、4時——陽が傾きはじめる頃から、少しずつ、様子が変わっていく。 この「時間の規則正しさ」こそが、日没症候群の最大の特徴です。 海外の医療機関(アメリカのメイヨー・クリニックなど)は、これを一つの「病気」ではなく、特定の時間帯に決まって現れる、症状のまとまりだと説明しています。 では、なぜ夕方なのでしょうか。 原因は、まだ完全には解明されていません。 けれど、有力とされている説が、いくつかあります。 体内時計(概日リズム)の乱れ 私たちの脳のなかには、「体内時計」があります。 朝が来れば目を覚まし、夜が来れば眠くなる——この一日のリズムを刻んでいる、小さな司令塔です。 専門的には「視交叉上核(しこうさじょうかく)」と呼ばれる場所が、その役割を担っています。 ところが、認知症になると、この体内時計をつかさどる部分が、少しずつ壊れていきます。 すると、「今が昼なのか、夜なのか」という、体の感覚そのものが、あいまいになってしまう。 夕方という、昼と夜の境目。 その「切り替わり」の時間に、壊れかけた体内時計が、うまく対応できずに混乱する—— これが、日没症候群の有力なメカニズムだと考えられています。 「一日の疲れ」が限界に達する もう一つ、見落とされがちな要因があります。 それは、単純な「疲れ」です。 認知症の人にとって、一日を過ごすことは、私たちが想像する以上に、体力と気力を使う作業です。 「ここはどこか」「今、何をする時間か」を、常に考え続けなければならない。 その緊張が、一日の終わりに向けて、少しずつ積み重なっていく。 そして夕方、心と体のエネルギーが尽きたとき、それが混乱や不穏という形で、あふれ出してしまうのです。 夕方の「引き金」を、減らしていく 日没症候群には、完全な「治療法」はありません。 けれど、症状を引き起こす**「引き金」を減らしていくこと**は、できます。 海外の研究や医療機関が指摘している、代表的な引き金と、その対策を挙げていきます。 すべてを完璧にやる必要はありません。一つ試してみて、合いそうなものを続けてみてください。 引き金1|光が減り、影が増える 夕方、部屋が暗くなってくると、ものが見えにくくなります。 壁にできた影を、人影と見間違えたり。 薄暗さのなかで、不安や恐怖が、ふくらんでいったり。 → 対策:暗くなる前に、明かりをつける 陽が落ちきる前に、早めに部屋の照明をつけましょう。 「暗くなってから」ではなく、「暗くなる前に」が大切です。 影ができにくいよう、部屋全体を明るく保つと、混乱が和らぐことがあります。 引き金2|昼間の疲れと、昼寝のしすぎ 昼間に寝すぎると、体内時計がさらに狂い、夜眠れなくなります。 かといって、疲れすぎても、夕方の不穏につながります。 → 対策:昼は活動的に、昼寝は短めに 日中は、散歩や、日光を浴びる時間をつくりましょう。 日光は、乱れた体内時計を整えるのを助けてくれます。 昼寝をするなら、午後の早い時間に、短く。夕方近くの長い昼寝は、避けたほうが無難です。 引き金3|カフェインと、夕食 コーヒーやお茶に含まれるカフェインや、夕方以降の糖分は、興奮や不眠につながります。 また、重すぎる夕食も、体に負担をかけます。 → 対策:カフェインは午前中まで。夕食は軽めに カフェインを含むものは、できれば午前中で切り上げましょう。 夕食は、消化のよい、軽めのものにすると、夜が穏やかになりやすくなります。 引き金4|「見えない不調」― これが、いちばん大切 ここが、いちばん見落とされやすく、そして、いちばん重要な点です。 その夕方の不穏は、実は「日没症候群」ではなく、体のどこかの不調が、言葉にできずに現れたものかもしれないのです。 たとえば—— お腹が空いている、のどが渇いている 便秘や、トイレに行きたい不快感 どこかが痛い 尿路感染症(UTI)などの、隠れた感染症 認知症が進むと、「お腹が痛い」「トイレに行きたい」と、言葉で伝えることが難しくなります。 その代わりに、それが「そわそわ」「怒り」「徘徊」という形で、現れてしまう。 特に、尿路感染症は要注意です。 高齢者では、熱が出ないまま、急に混乱や不穏だけが強くなることがあり、見過ごされがちです。 → 対策:「いつもと違う」ときは、体調を疑う 「急に夕方の不穏がひどくなった」というときは、まず、体のどこかに不調がないかを疑ってください。 そして、その状態が続くようなら、我慢せず、かかりつけの医師に相談しましょう。 薬の影響(飲み始めや、量が変わったとき)も、原因になることがあります。 その人は、「困らせている」のではなく、「困っている」 対策を並べてきましたが、いちばんお伝えしたいのは、技術のことではありません。 夕方、落ち着かなくなり、怒り、家を出ていこうとする。 その姿を見ていると、つい、こう思ってしまうかもしれません。 「どうして、いつもこの時間に、私を困らせるんだろう」と。 でも、どうか、思い出してください。 その人は、あなたを困らせているのではありません。 その人自身が、いちばん困っているのです。 体内時計が壊れ、昼と夜の区別がつかなくなり、 薄暗い部屋のなかで、ここがどこかも分からず、 言葉にできない不安のなかに、たった一人でいる。 「家に帰りたい」という言葉は、 今いる家のことではなく、心から安心できた、遠い昔の場所を求めているのかもしれません。 そう思うと、少しだけ、その姿の見え方が変わってこないでしょうか。 この記事で、覚えておいてほしいこと 最後に、大切なことを、三つだけ。 ① 夕方の不穏には「日没症候群」という名前があり、あなたの介護のせいではありません。原因は、その人の脳のなかの、体内時計の乱れです。 ② 完全にはなくせなくても、「引き金」を減らすことはできます。光、生活リズム、カフェイン、そして「隠れた体の不調」。この四つを、まず見直してみてください。 ③ そして、これがいちばん大切です。夕方の不穏が、いつもと違って急にひどくなったときは、「性格の変化」だと思い込まず、体調不良のサインを疑ってください。尿路感染症や痛み、脱水が隠れていることが、とても多いのです。 夕方の時間が、こわい。 その気持ちは、よく分かります。 でも、その時間に起きていることの「正体」を知れば、 少しだけ、落ち着いて向き合えるようになります。 その人も、あなたも、あの夕暮れのなかで、 一緒に、困っているのです。 一人で抱え込まず、どうか、周りの手を借りてください。 参考にした「世界の知恵」 Mayo Clinic(メイヨー・クリニック)「Late-day confusion in people with dementia」 Alzheimer's Association(アルツハイマー協会)「Sleep Issues and Sundowning」 日没症候群と概日リズム障害に関する複数の医学研究(Frontiers in Neuroscience ほか) ※夕方の不穏が急に強くなった場合、尿路感染症・脱水・痛み・薬の副作用など、治療できる原因が隠れていることがあります。「認知症だから仕方ない」と決めつけず、かかりつけの医師や地域包括支援センターにご相談ください。介護者自身の睡眠が削られ続けているときも、我慢せず、必ず周りに助けを求めてください。 関連記事 #020:まだ生きているのに、もう泣いている ― 「予期悲嘆」という言葉 #013:「本人だけが、病気に気づいていない」 ― 病識の欠如という現象 #012:なぜ、家にいるのに「家に帰る」と言うのか ―― 徘徊という行動の意味 認知症を知る #05:認知症介護で本当に大切なこと